ブログ

敏感力

※リニューアル前の記事に少し付け足しをして更新しています。

さて、なんだか誤解されそうな本日のタイトルですが、特に深い意味はありません。サービスマン渡邉司です。

いや、あるんですけどね。深い意味。そう…深い意味。敏感です。

いつでしたかね、「鈍感力」という言葉が流行りましたね。

流行ったというか今ももちろん調べるとすぐに出てくるのですが、簡単にいうと

スルーする力

ということですかね。無視ではないですけど気にしすぎない。「なんか言ってんな〜、まあいっか」みたいな。

言われたことや情報を全て受け止めていたらキリがありません。建設的であれば話は別ですが、大抵のことはとりあえず言いたいだけのことが多いと思います。流れてくるネットニュースとかと同じです。

そう、気にする必要なんてないんです。

僕には絶対にスルーできませんけど。笑

いやいや無理無理、鈍感になんてなれないなれない。

むしろ敏感の最前線の住民である僕ですが、できることなら鈍感になりたい。

気にしなくて大丈夫。気にしない気にしないと言い聞かせているのですが、そうもいきません。

些細なことでも「あれ、大丈夫かな?」とか「あの人怒っているかな?」とかすぐ気にしてしまう性格なのでスルーするとかは無理です。自分のことながら半分呆れています。

根本的な性格も関係しているとは思いますが、それ+考え方の癖なんでしょうね。もう本当にしょうがない。

気を遣いすぎて言いたいことも言えないし、むしろ相手に気を遣わせてしまうんじゃないか?とか思うし。

仕事なら言いたくない事でも言わなければいけない場面はあるので言いますけど、基本は言いたくない。静かにしていたいし目立ちたくもないんです本音は。

もうね、本当になんでもズバズバ言える人が羨ましい。大体何か言う時に「自分がこう言われたら嫌かな?」ってフィルター通しちゃいますもん。3回くらい。

あとなんかたまにいません?色々話したりして去り際にボソッと何か言う人。

あんなのめっちゃ気になりますもん僕。え、何かまずいこと言ったかな?とかその前の自分の行動とかめっちゃ振り返りますもん。まじでやめてほしい…考えるだけで胃が痛い本当に。

まあ大体のそんなことって自分が思っているよりも相手は全然気にしていないことの方が多いし、取り越し苦労で終わる確率の方が圧倒的に多いのも知っていますが、それでも怖い。まじで怖い。MK(まじで怖い)のです。

何度も直そうというか、気にしないでいようと思ってはいるのですが、先ほども書いた通り結局これって考え方の癖というかもう染み付いているので完全に吹っ切れるって無理だと思うんですよね。

少なくとも僕は無理です。どう頑張っても無理です。

そもそも気にしないでおこうって思っている時点で気になっているし、むしろ気にしない気にしないって意識すればするほど気にしちゃうこの無限ループ…

まじでやめたい。本当に(切実)

ただ、最近ですね、これも悪くないなと思い始めている自分がいるのも事実でして。

根っからのネガティブで根暗で超気にしいの僕だからこそ、サービスマンとして生きて行く中で人が気づけない細かなところも見えるんだなって、思ったわけですよ。気づいているかは別として。笑

自分にとってネガティブな要素だと思っていたこの気にしいな性格が、仕事においてはとんでもないスキルであると思ったんです。

これ、僕の特殊能力だと思うんですけど、人の微妙な変化…表情や仕草、雰囲気が変わったことにすぐ気がつくんですよね。多分気づく能力は相当高めだと思います。

もちろん接客業として従事している時は力を発揮しますし、例えば社内で「あ、この人イラついてるな」ってわかればあえて一旦距離を取ろうと思ったり、逆に突っ込んだ質問とかしようって考えることができるわけです。

そしてその感覚が対お客様と接するときにすごく力を発揮するんですよね。

微妙な変化に気づくことができると同時に、どのタイミングで距離を詰めていこうというのもわかるようになります。

これって鈍感な人には絶対できないんですよ。どんなにできるできると言っていても

「いざ」

という時に絶対にできない。余裕がある時はできます。誰だってそうです。でも余裕がない時にできるかどうか。備わっているのかがわかります。

ただこの敏感力が本当にすごいのかと言われるとすごく難しいところで。

組織の中にいるときは多分そこまで力を発揮できないんですよきっと。大小様々な組織で働いてきましたが、大多数の人は敏感ではないからです。

自称敏感は多いですけどね。

自分で事業を始めたりお店を持つことが一番大きな力を発揮すると思うんですよね。今の所。

だってめちゃくちゃ細かいところまで気を配れるということに通じるからです。

これが組織で生きていると「ここまでやって大丈夫かな?」と思うことの方が多いのです。

たとえどんなに「任せるよ」と言われてもやはり怖いんですビビリだから。

そもそも「任せるよ」って言葉の範囲ってとても曖昧で難しいと思うんですね。

相手と相当なコミュニケーションを取っていても難しいのではないかなと。一人一人の感覚はもちろん違いますからね。シチュエーションも違いますし。

特にレストランに所属しているときはいつも思っていたのですが、そもそも飲食の営業ってライブだと思っているんですよ。

1秒どころか0.1秒単位で状況って絶対に変わっていて、必ず同じような状況が続くってことはないんですよね。

例えば料理を出した時と出してからちょっと時間を置いた時って、側から見た様子としては同じでもお客様の状況が同じってことはないんですよね。

その瞬間瞬間の空気感に敏感な人じゃなければお客様の些細な心情や表情、感情やニーズを読み取ることはできないと僕は思います。

と言っても難しいんですけどね、完璧にできることは多分そんなにないと思います。とても難しいことだと思います。

だからこそやり続けるんですけどね。

あとこれは最近思ったんですけど、今の若い子達の方が敏感力は強い気がします。

敢えて言葉にするなら昔の人ってやたらに「耐えろ」とか「我慢だ」とか「見て盗め」っていうんですけど、今はそんな時代ではないのかなと。

もちろん耐えるのも我慢するのも見て盗むのも大事です。成り上がるには絶対に必要なスキルだと僕も思います。

が、全員が全員成り上がりたいと思っているわけではなくて、不安だから働くという人もいれば、安定が欲しいから働く人もいるわけで…

もちろんそれでも悪くないと僕は思います。ですが安定があってこそ挑戦する気持ちが芽生えることも少なくないと思います。

特に日本は極端に失敗を責めたりする傾向がありますから、「やれ」と言われてやったら「何してんだ」っていうこと多いですから。

怒ると叱るの違いが理解できていない人も非常に多い。そして愛がない。だから言いたいことも言えなくなって萎縮していく。そりゃあ人材はいなくなりますよ。こんなに人が溢れているのにね。

だからなのか、そんな大人を見てきているからでしょう、やっぱり鈍感な子って減った気がします。見た目以上に繊細な子が多いんじゃないかな。

とは言っても圧倒的に鈍感な人の方が多いから生きづらい世の中であるのは変わらないんですけどね。難しいもんすね。

ではまた。

HOT

-ブログ